25年かけて「解放」したもの

2017-09-23
こんばんは

9月も残り1週間。
今年も残り4分の1となります。

あっという間に年末へと
突き進んでいくのでしょう。



 9月20日、自身のホームページで「1年後の引退」を発表した歌手の安室奈美恵。
瞬く間に、元アムラーたちの間に「アムロス」が広がった。

 1990年代、茶髪、細眉、ミニスカートに厚底ブーツといういでたちの女性たちが街にあふれた。
当時ティーンエージャーだった安室奈美恵(40)のメイクやファッションをまねた「アムラー」たちだ。

 9月20日、安室奈美恵が電撃的に「1年後の9月16日で引退」と発表。
アラフォー世代は「アムロス」に暮れた。アラフォーだけではない。
東京都内に住む団体職員の女性(55)は言う。

「年下だけど歌手としても人間としてもカッコイイ。誰にも媚びず、絶対的な信念に基づいて行動しているのが分かるから」

 一番好きな曲は2007年の「Baby Don’t Cry」。
「眠れない夜は何度も寝返りばかり」「考えても分かんない時もあるって」などの歌詞には、

「背中を押されるというより、ありのままの自分に寄り添ってくれるようで共感するんです」

 彼女の歌を聴いて育った長男(25)、長女(23)とは、ライブやカラオケに一緒に出かける仲だ。
思春期の難しい時期も「安室ちゃん」という共通の趣味が互いに理解し合う助けになった。
娘の小学校の卒業式には安室が婚約会見で着ていたバーバリーのチェックのスカートを買った。

 引退はショックだが、

「これだけやりきった人だからこそ、これからもその決断に自信をもって人生を歩んでほしい。
子どもたちと、最後のライブにも行きたい」(女性)

「アムラー」がユーキャン「新語・流行語大賞」トップテンに入賞したのは1996年。
バブルがはじけ、前年には阪神・淡路大震災やオウム真理教による地下鉄サリン事件など、
不安な時代の幕開けを予感させる出来事が相次いでいた。世代・トレンド評論家の牛窪恵さんは言う。

「大人が元気をなくす中、女子高生が文化や市場をリードしていく動きのきっかけになったのがアムラーブームです。
この動きが、その後のプリクラやメール絵文字の普及につながっていきました」

 そして、トレードマークだった「赤くない口紅」に代表されるように、安室が男性ウケではなく
自己表現を追求したことは、女性たちの価値観を解放した。

「バブル期は高学歴・高収入・高身長の“三高”の男性を結婚相手に選ぶのがトレンドでしたが、
安室さんは人気絶頂の20歳で自身より知名度が低い相手と、できちゃった結婚をしました。
『自分が幸せならいい』と女性の自由な生き方を体現したことは、その後の女性たちのライフスタイルに
大きな影響を与えたと思います」(牛窪さん)

 出産で休業し、その後離婚。それでもトップアーティストとして君臨し続けたことは、
「シングルマザーも仕事を通じて輝ける」というメッセージとなって、女性の多様な生き方を広めることに貢献したと牛窪さん。

●自分を卑下せずすんだ

 そして、菅義偉官房長官が「沖縄出身で日本を代表する」と引退報道に言及したように、
その活躍は女性のみならず沖縄をも勇気づけた。

「自分を卑下せずにいられたのは安室ちゃんのおかげです」

 と話すのは、沖縄出身で東京の大学に進学した女性(32)だ。両親や祖父母から、
仕事で「本土」に行ったときは沖縄出身というだけで差別や嫌がらせを受けた、と聞かされて育ったが、大学に進学すると、

「本土での安室ちゃん人気に驚きました。出身地が同じということでうらやましがられたりして。
NHKの朝ドラ『ちゅらさん』でのんびりぐだぐだした沖縄像が広く受け入れられた一方で、安室ちゃんは
音楽界のカリスマで居続けてくれた。沖縄にはこんな面もあると社会に示してくれたことは大きかったですね」
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